北風と太陽
平成に失われたもの
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並ばないと入れない
人気のカフェランチにやっと来れた。
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お目当は食後のパンケーキで
先にオーダーしておかないと
当日分はなくなってしまう。
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席に着いた所で
携帯に着信があった。
予定の確認の電話だ。
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質問に答えていると
「あの。もう少しお声を…。」
と聞き返された。
そうだった。
私は声が小さい。
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小学校では先生に怒られたし
社会人になると先輩に注意されたし
主人は時々 独り言を言っている
と思っている。
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呼吸器内科の医師は
「吸う力が弱く話す時に息が多く混ざり過ぎている」
と言っていた。
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社会人としては致命的なので
仕事をしている時は
毎朝 必ず発声練習をしてから出勤していた。
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声 と言えば 先日好きな雑誌で
「携帯電話の普及と共に女性はよそ行きの声を失った」
というコラムを読んだ。
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確かにそうだ。
携帯電話がここまで普及していない時は
女性は皆「よそ行きの声」を
持っていた。
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相手の家に直接掛けなければならない為
声だけで一瞬にして
育ちから性格まで判断されてしまう。
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意中の彼に気に入られる前に
ご家族の誰にもいい印象を与えられように
ごく自然と
美しく澄んだ上質な声を出す能力があった。
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一説には
顔立ちなどよりも
相手の声が好きなカップルは長続きする
とも言われる。
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長く人気のあるアーティストは
曲もさることながら
歌声も変わらず保っているし
人気の声優さんは
その辺のアイドルよりも余程人気がある。
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3人の男性に保険をかけ殺害した
稀代の悪女 木嶋佳苗死刑囚は
お世辞にも美人とは言えないが
取材に来る記者までも虜にし
先日3度目の獄中結婚をした。
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彼女の魅力の大きなところは
その美声にあるとも聞く。
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声にはそれほどの魅力がある。
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かつて世の男性は
大原麗子さんの有名なCMの声に癒され
私はドラマで見る
松嶋菜々子さんの
鈴を転がすような声に憧れた。
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平成が終わる。
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母親世代が昔も今も憧れてならない
プリンセス
美智子さまが退位される。
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日本で最も高貴で美しい女性の
清らかで嫋やかな肉声が
かつて
失語症により失われた時期があった。
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民間から初めて皇室に嫁がれた
パイオニアである妃殿下の苦労は
ひとしおだったに違いない。
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スマートフォンの登場により
メールで済ませる事が格段に増えた。
結構 親しくても声を知らない人もいる。
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そして 仕事を辞めて
定時に出勤することが無くなった。
すなわち発声練習をしていない。
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声量がない人が突然
声を大きくしようとすると
声が細いまま高くなるので
それはそれで
甲高く聞き取りづらい。
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それに なんだか
男女共に好かれている女性は
居心地の良い声の持ち主だ。と
密かに思っている。
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また朝の発声練習再開しようかな。
と思いながら電話を終えた。
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待っていてくれた店員さんに
「ご注文は以上でよろしいですか?」
と確認され
「大丈夫です。」
と見送ったところで
はっと思いだす。
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パンケーキを注文しておかなければ
当日分が無くなってしまう。
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慌てて
「すみまーん。食後にパンケーキお願いします」
と騒がしい店内でも一発で
届くような大声を出してしまった。
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「通る声、出るんじゃん」
と目の前の友人が呆れたように言った。
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人は 切羽詰まると 持てる以上の力を
発揮するというが
食い意地が張っている私は
食で損をするのが 最大の危機らしい。
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当たり前だが
美智子さまへの道は程遠い。
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