代役
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ロビーで待機している。
もう少し準備にかかるらしい。
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暇つぶしにパラドックスについて考える。
「たまごが先か。ニワトリが先か」のあれだ。
検証不能な上、様々な種類があるので 結構面白い。
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しかし 中に一つずっと納得がいかないのがあった。
「テセウスの船」というパラドックスだ。
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テセウスという名の船がある。
修理を重ね やがて 全てのパーツが
新しいものに置き換えられた時、
その船は「テセウスの船」だと言えるのか。
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また、古いパーツを使って船を組み立てたとしたら
どちらが「テセウスの船」と言えるだろうか。
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「そんなの後者に決まってんじゃん」
と 思っていた。
が このパラドックスには続きがあった。
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「これを人間に置き換えた時はどうなのか」
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そうか。そうなると途端に ややこしくなる。
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人は代謝を繰り返しながら生きている。
細胞の寿命は長く見積もって10年以下だから
やがて全てのパーツは入れ替わる。
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全てのパーツが置き換えられたからといって
「私は私ではない」
とはならない。
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船の性能や癖=その人が持つ人格や記憶。
船の部品=人間の細胞
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要は 何をもって同一と見なすのか。
これはアイデンテティの問題なのだ。
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なるほど…。これもパラドックスだわ。
話がややこしくなってきたので
暇つぶしにはならないな。
一旦 考えるの止めよっと。
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ま。今の所、
使い捨てられた細胞を再利用するとか無いしな。
別の私が出来るとか 心配せんでもええわぁ。
と 安心したところで 突如 思い出す。
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昨年、別々の頭部と胴体の接合手術に成功した
というニュースがあった。
倫理的な問題はさておき 論理的には
不老不死が可能になったのだ。
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不能になった頭と身体を入れ替え続けたとしたら
それは一体誰だと言えるのか。
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AIだってその一つだ。
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すでに身体にチップを埋め込んでいる人も沢山いて
AIを利用しているのか、AIに利用されてるのか
分からない時代が来るだろう。
情報を書き換えられるかも知れない。
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私が私である証明 は今後おそらく難しくなり、
私が私でなければ出来ない事も減っていくだろう。
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「私から何が無くなった時、私は私で無くなるのか」
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そして それはそんなに遠くの未来の話ではない。
かも知れない。
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「……。」
と 今度は勝手に しんみりした所で
「お待たせしました。雪音様」
名前を呼ばれ ハッとする。
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今のところはの今日は。
質実ともに 私が私でなければならない
人生で数少ない一日だ。
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能天気な私はしんみりした事などすぐに忘れ
どうぜ すげ替えるんなら
頭は 北川景子さんか石原さとみちゃん で
体は こじはるか深キョン がええなあ♡
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とか考えながら
いそいそと呼ばれた部屋へ向かう。
お支度の時間だ。
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「行ってきます」