対義語
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「サキダツワタシヲオユルシクダサイ」
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一秒たりとも残業はしないが
退社の際、職場に一礼する習慣がある。
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私は ある時期 割と責任のある立場で
全国を回っていた。殆ど自宅にはいない。
フランスからやってきたCEOは
徹底した成果主義で 判断は迅速で冷徹だ。
「Lequel préférez-vous?」
(どちらかを選びなさい)が口癖だ。
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「選択肢を絞るのは 詐欺師か洗脳のやり口だ」
と 密かに思う。
日本人らしい 情緒ある猶予など許されない。
新人、ベテラン社員 問わず
成績次第で容赦ない決断を下せと迫られる。
私は 鳴り止まない携帯や 届くメールに辟易とし
睡眠時間と引換えにしながら
それでも 充実した日々を 何年か送っていた。
仕事は楽しく 全てだった。
しかし。
経験も実力も器 も伴わなかったのか
思いがけない瞬間に その任は解かれる。
例外なく冷徹なジャッジが下されたのだ。
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「ファミリーなのだから君の判断に任せるよ」
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昨日までのファミリーは
右に置こうが左に置こうが 賛同してくれていたのに
今日は
右に置いても左に置いても 反対するようになった。
貴重な経験だったが 失ったものも多かった。
調子に乗って見えたのだろう。
嫌がらせも散々された。
失墜した瞬間に 蜘蛛の子達もいなくなった。
同期も友人も恋人も気がつけば去っていた。
忙しさにかまけて不義理をした所為だ。
どうでもいい人に何をされようがすぐ忘れるが
信頼する人に見放されるのは結構辛い。
人は 今ある幸せにはすぐに慣れてしまう。
ありがとう が 当たり前 になるのだ。
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唐突に。ひとりの同僚を思い出す。
目立たないが 地道に一生懸命 仕事していた事を。
そして。毎日必ずしていた 習慣を。
彼女は今も その会社で活躍している。
そんなわけで。
大して殊勝な心構えではなく。
今の環境で働けている事に感謝…というか
不出来な自分の帳尻合わせ…というか
ただ真似っこをして。
今日も職場に一礼して辞する事とする。